トットちゃんでした


2016年7月1日


新聞の広告欄に出ていた雑誌の見出しを見て、「なるほど〜」と感心しました。

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「浮かない、イタくない共感カジュアルができあがる」(「Story」8月号 光文社)

まさに今の世を表すコピーではないですか。

浮くと、叩かれる。空気を読んで、まわりの景色に馴染んで、自分の色を出さないほうが無難。共感を表す「いいね!」を得ると、安心する。

わかる、わかるわ〜。

私はどちらかというと、ずっと「浮いて」いたほうで、だからこそ、できるだけ空気を読んで、自分を抑えようと努力してきたつもりでした。

かつて母親から「あなたは子どもらしい子どもだった」と、言われたことがあったのですが、その意味がわかったのは、最近のことです。

きっかけは、黒柳徹子著『窓ぎわのトットちゃん』(講談社)を読んだことでした。

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友人でライター&ブックレビューアーの高倉優子さんが主宰する読書会に参加したとき、優子さんがおすすめの児童書としてあげたのが、この本でした。

今さらながら読んでみて、最初に思ったのが(これ、私だ)。

さすがに小学校は退学になりませんでしたし、授業を妨害したこともなかったはずですが(たぶん)、トットちゃんがしていたことは、ほとんど私がしていたことでした。

うわっと思ったのですが、おかげで、いろいろなことに気がつけました。

どうして、私は生きづらく感じていたのか。なぜ、子どもの頃に、家出願望があったのか。

家族は好きだったので、家を出る理由なんてなかったのに、私はなぜか、子どもの頃(小学校中学年〜思春期)はずっと家を出たいと思っていました。

それは、家庭がいやだったのではなく、浮かないように、いろいろな制限を課している自分自身に息苦しさを感じていたんだと、ようやくわかりました。

こうして文章を書く仕事をするようになっても、自分を抑えて、当たり障りなく書くクセがなかなか抜けず、それはライターとしてはよかったのですが、創作するときは足かせになっているように感じていました。

でも、もう気にしなくていいや。もともと浮きがちな性分だったんだから。

息子も、自分の親がどういう人間か理解できているようだし、親が浮いていることで、子どもにまで影響が及ぶ年齢(もしくは 環境)ではなくなったようだから、もういいかな。

と、ものすごーく楽な気持ちになれました。

今まで避けてきた自分の内面と向き合って書くことになる、という意味では、楽ではないのですが、もう取り繕って生きる年齢でもないので、こと創作においては、自分で自分にかけていたリミッターをはずして取り組みたい!と思っています。

このタイミングでこの本に出合えて、よかった。出合う機会をくれた優子ちゃん、ありがとー!


katuo,ari sasaki