父の背中


2011年8月28日


歳の父が今年度いっぱいで、第2の職場を退職することになりました。

最初の職場を定年退職した60歳の時は、

直前に妻である母を亡くしての再出発でした。


第2の職場はそれまで縁もゆかりもなかった愛知県となり、

母といっしょにその地へ引っ越す予定でした。


新居を決めてきた帰り、父と母は車の中で

「ここまで来たねえ」

と、来し方を振り返り、これからやりたいことなどを話したそうです。


しかし、翌日に母が倒れ、思い描いたことすべてが変わりました。


当時は私も母を亡くしたショックで、父にまで思いが及ばなかったのですが、今はわかります。


失意のどん底で、知り合いもいない土地で、新しい職場で、

よくぞ、ふんばったなあと思います。


そのうえ、父は最初の職場で培った文化財保護の知識とノウハウを活かして、

町並み保存のボランティア活動に取り組み始めました。


後々、父から聞いたのは、

母がいたら、毎週末、あちこちドライブして遊んでいただろう。

母がいなければ、休日にやることもない。

さみしさをまぎらわせようと思ってボランティアを始めたら、

たくさんの人と知り合いになり、やりがい、生きがいを持てるようになった、という話でした。


そのボランティアが、逆に父の仕事の幅を広げてくれ、

第2の職場の仕事と平行して、NPO法人の運営や、文化財の調査や修復の監督なども任されるようになり、地元のテレビや新聞の取材を受けるようにもなりました。


母を亡くした後、自分の殻に閉じこもっていたら、

今のような活躍はなかったでしょう。


失意の中でも、自分のできることを社会に還元したからこそ、

社会でやるべき仕事、役目を持つ、

充実した日々があるのです。


そんな父の背中を見て、私は多くのことを学ばせてもらいました。


とても浮上できない気分でも、うつむいて、つらいことだけを見つめるのでなく、顔を上げて、まわりを見ることが大事だと。


自分にできることがあるのなら、惜しみなく、力を発揮したほうがいいと。


目の前の損得だけで、物事をはかるべきではない、と。




さて、昨日、夫は毎夏恒例の“ビートルズバンド”として、

知人の自治会の夏祭りを盛り上げてきました。


父の背中から、息子はなにを学んで成長していくのでしょうか。

楽しみです。

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katuo,ari sasaki