ありold diary

ゆめ のち 晴れ

9月中旬に発売される本の見本が届きました。

『ゆめ のち 晴れ』

監修/佐々木正美、文/ささきあり、イラスト/秋野純子(数研出版 1100円)。

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数研出版「チャートブックス学習シリーズ」のひとつで、保健授業の副読本です。


思春期を迎える子どもたちの体の変調や、心の悩みをテーマにしたもので、

転校先の学校になじめず悩むゆうかが、不思議な夢を通して、

友だちの悩みに気づき、成長していく物語です。


思春期は本人自身、どうしてこんな気持ちになるのか、よくわからず、混乱しがちな時期です。

小学3年生から中学1年生ぐらいまでのお子さんがいらしたら、ぜひ。

高松取材

また別のノンフィクションの取材で、高松へ行ってきました。

飛行場を降り立つと、ぽこぽことした山が重なるようにあって、

なんとものどかな風情なんですね。


3分歩けば、さぬきうどんに当たるというほど、

さぬきうどんのお店がそこかしこにありました。


雑誌やテレビでよくとりあげられているのは、郊外にある看板も出していないようなお店ですが、市内にあるうどん屋さんも、とてもおいしいかったです。


それに、琴電がかわいいんです!

いっぺんで、高松が好きになりました。


取材では中身の濃いお話をうかがい、あらためて生き方について考えさせられました。

語ってくださった方のお心を読者のみなさんにしっかり伝えられるよう、がんばります。


宇宙(そら)へ

先日、ドキュメンタリー映画『宇宙へ』を観てきました。


NASAのロケット開発の歴史を追ったもので、すべてノンフィクション。

失敗は乗組員の死を意味するという厳しさに、胸が苦しくなりました。


時折、宇宙に興味がある息子にせがまれて、

科学雑誌『Newton』を読むことがあるのですが、

宇宙の理論については、何度読んでもちんぷんかんぷん。


時空を越えるワームホールやら、ホワイトホールやら。

私の想像が及ばない世界で、イメージできないのです。


その想像を超えた宇宙に向かって、果敢に挑む人たちがいる。


見るだけでも宇宙の深遠に吸い込まれそうな恐怖を覚えるのに、

その空間に自分の身を置くことができるなんて!


宇宙開発の裏には、政治的な思惑が多々あったわけですが、科学者はそうした思惑以上に、

純粋に宇宙を知りたい、もっと近づきたいと

思っていたのではないでしょうか。


人間が知り得た宇宙の神秘はごくわずか。

けれども、まだわからないことだらけってところが、いいと思うのです。



やさしい気持ち

詩人の林木林さんより、お知らせが届きました。

毎日新聞のサイトと、ヤフーニュースでポエムが紹介されているそうです。


毎日新聞のサイト

http://mainichi.jp/life/ecology/graph/20090818/


ヤフーニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090818-00000015-maiall-soci


林さんは以前出会った葉っぱとの再会を喜び、


「この葉っぱに、もしも個性的で魅力ある虫食い穴がなかったら、

私はたとえ再会していても気付かなかったでしょう。

人の傷もそれを乗り越え輝いたときにその人を際立たせる魅力になるのかもしれない」


と語ります。


林さんはどこまでもやさしく、すべてをありのまま受け止めてくれる懐の広さがあります。


この目線を日常にいかせたら、私ももっと、やさしく、おだやかでいられるのでしょうね。

この世界の片隅に

こうの史代『この世界の片隅に』双葉社(上・中・下巻とも各648円)を読みました。

何度も読み返しています。


こうのさんの作品には、数々の賞を受賞した『夕凪の街 桜の国』があります。


広島で被爆した女性と家族のその後を静かに追っていったものですが、

『この世界の片隅に』も、戦中の広島や呉で暮らす人々を描いています。


戦争をテーマにしているといっても、悲惨さをクローズアップしたものではありません。


日々の営みや人の心の動きに寄り添い、そっと見守るような描き方がなされています。

それがかえってせつなく、胸にじわじわと染みてくるのです。


生きることに焦点を合わせると、命のはかなさ、尊さは戦争に限らないと思えます。


明日も生きていられるかどうかは、だれにもわかりません。


だからこそ、出会えた人、近くにいる人を大切に思い、日々を精一杯生きていく。

これはいつの世も、変わらないことなのでしょう。


静かに、かつ、深く強く描き込まれた骨太の作品です。

ぜひ、一読を。




セミッケ!

息子(7歳)が、虫かごいっぱいにセミを捕ってきました。


セミたちは満員電車状態で、大混乱。

ギャンギャン、騒ぐこと、騒ぐこと。


それらを、ベランダに解き放ちます。

「セミちゃんが、うちの土(プランターの)にたまごを産んだら、うちからセミが生まれるね」


それは、君が14歳の時になるけどね……。


さて、写真にはセミが(見えるだけで)6匹います。

見つけられますか?


ブルーベリー摘み

我が団地では、いろいろな果実が育てられています。

ミカン、カリン、キュウイなどなど。


昨日は、ブルーベリー摘みの日でした。

敷地内の花木の世話をしてくださっているボランティアのみなさんに、

採取の注意点を教えていただきます。


ブルーベリーの葉の裏には、緑色の「イラガ」という毛虫がいます。

触れると、ビリッと電気ショックのような強い痛みが走り、

痺れが1週間ほど抜けないそうです。


毛虫に触れないよう、ビニール手袋をして注意しながら、実を採り始めました。


最初のうちは、おそるおそる枝の間に手を入れていたものの、

実を採るのに夢中になって、だんだん、大胆になっていきます。


昨年以上に今年は豊作で、採っても採ってもなくなりません。

あっという間に、ビニール袋がいっぱいになりました。


実りを収穫するのは、とても楽しいものですね。


日頃、草木の手入れをしてくださっているボランティアの方々に感謝しつつ、

おいしくいただきました。






キッズブック・らいぶ終了

「キッズブック らいぶ  in 逗子」、無事に終わりました。


前日の6日は夜9時まで、リハーサルやセット作りなどを行ったのですが、

外に出ると、まあるいお月様。


まるで、戸田和代先生の絵本『つきよの くじら』に出てくるような満月でした。


本番では、観ていた子供たちが、おばけのシーンで泣いたり、笑ったり。

でも、どの子も目を輝かせて見てくれて、うれしかったです。


子供たちの笑顔に触れて、たくさんのパワーをもらった1日でした。


来てくれたみなさん、本当にありがとう!


かぎや〜!

江東区花火大会(荒川下流で開催)を観ました。

ここの打ち上げをしているのが、江戸時代からの老舗「鍵屋」です。


鍵屋の創業は1659年。

奈良から出てきた初代が、火薬を葦の管に詰めて売り出したことが始まりだそう。


以降、鍵屋を継いだ子孫が研鑽を積み、享保年間、徳川吉宗の命で催された、

慰霊祭(大飢饉やコレラの流行によって出た多くの死者を悼む)で、

6代目が打ち上げを担当することになりました。


これが、墨田川花火大会へとつながっていくんですね。


やがて、両国橋を境に、隅田川上流を鍵屋からのれん分けした「玉屋」が、

下流を「鍵屋」が受け持ち、花火が打ち上がるたびに、

「たまや〜」「かぎや〜」と、

ひいきの花火師の名を叫んで盛り上げるのが流行るようになりました。


が、玉屋が火事を出したことでお江戸払いとなり、初代で断絶に。


今も、「たまや〜」というかけ声だけは残っていますが、

両家が競ったのは、江戸時代の30数年だったそうですね。



ちなみに、江戸時代の花火は光を楽しむもので、

赤や青、緑などの色がつくようになったのは、明治以降のことだそうです。


花火師の歴史や広がり、現在へ続く工夫や挑戦。

一瞬の美しさに懸ける、という心意気が、かっこいいですね。


完売御礼

土曜、日曜日と、町内のお祭りでした。

小学校PTAでも出店。くじびき&おもちゃ販売をしました。


2日目は小雨がぱらついていましたが、祭りは続行。

残り20分あたりで本格的な雨となり、撤収となりましたが、

商品はぎりぎりで、完売(パチパチパチ)。


お母さんたち、お父さんたち、そして、子供たちが声を張り上げて、売ってくれたおかげです。


PTAの夏の仕事は、残すところ、夕方のパトロールと、朝のラジオ体操のみ。

子供たちの笑顔を想像しながら、参加賞&皆勤賞の景品を用意しま〜す。



ari sasaki